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薬と方剤

カワムラ薬局 河村 昭

〈 第7回 〉

 この回では小柴胡湯について考えてゆきたい。実はこの回を待ちかねていたといってもよい。それというのもこの処方は漢方に関心を持つ人ならそのユニークな魅力に心を奪われるに違いないからだ。柴胡の焦げ茶色(昔は日本中至るところに見られたという和柴胡=ミシマサイコは、秋吉台にわずかに残っている程度だが、篤志家の努力で現在では栽培が可能になり少し値がはってよければ入手できるようになった。これはむっちりした明るい褐色だが)、萌黄の黄ゴン、白い半夏、人参のベージュ色、赤のタイソウ、甘草の明るい山吹色、生姜の乳白色、これらをはかりとって紙の上に山盛りしてみるとそれぞれの色彩が協調しあって、全体が一種の好ましいハーモニーを感じさせる。もっとも、ここまでくると思い入れが過ぎるかもしれない・・・。

 さて、本題にもどるとして、傷寒論では傷寒もしくは中風が体の中を吹き荒れて太陽病から陽明病へ、又太陽病から少陽病へと伝変する変化を刻々かわる病状にそって解説されている。太陽病位に普通5・6日とどまって、その間に発汗などの方法で治療されなかった場合、表といわれる体の浅い部分から一挙に裏(胃腸)にまで侵入するケース(陽明病)と、表と裏の中間部分「半表半裏」と呼ばれる部位に侵入してさまざまな悪い症状をくりひろげる場合(少陽病)とがある。この後のケースに小柴胡湯が登場するのである。

 少陽病の病態が紹介されるこの前後は傷寒論の数多いサワリの一つだと思っている。何故かというと、周知のように、いわゆる「こじれたかぜ」という手におえない、又つかみどころのない一種の病態をあざやかな手際で生け捕りにし、我々の前にわかりやすく提示してくれているからである。こうして説き明かされてみると少陽病というのは迷うことの少ないむしろ識別しやすい症状でなりたっていることがよくわかる。まず、少陽病の提網から見てみると、「少陽の病たる、口苦、咽渇、目眩なり」とある。少陽病の病位である半表半裏は具体的にいえばその中程に肝胆の臓腑を含むかたちになるので口が苦くなり、咽が乾き、めまいが起こりやすくなる。

 これを基本に置いて仲景師は次のように述べられている。「傷寒五六日中風、往来(おうらい)寒熱(かんねつ)、胸(きょう)脇(きょう)苦(く)満(まん)、黙々として飲食を欲せず、心煩(しんぱん)、喜嘔(きおう)、或いは胸中煩(はん)して嘔(おう)せず、或いは渇(かつ)し、或いは腹中痛み、或いは脇下(きょうか)ひ硬(こう)し、或いは心(しん)下悸(かき)して小便不利し、或いは渇せず身に微熱あり、或いは咳する者は、小柴胡湯之(これ)を主(つかさど)る。」

 かぜひいて何日になりますかと尋ねるだけでもその風邪がすでに少陽病に入っているのか否かの判定に役立つ。いわんや、寒気がしたと思うと不快な熱感がおきて汗ばんだりする往来寒熱は特に大事な症状とされる。しりぞけようとするが又おしかえされる正気と邪気の争いを反映している。

 そのつぎに、けつ盆(ツボ)から腋の方へ下り、胸にそって脇部に至っている少陽経が邪気をうけるとその流通がはばまれ、不快感が生じ胸脇苦満があらわれる。理屈よりも一度風邪をこじらせて少陽病になりこの不快な季肋の内側の言いしれぬ圧迫感を経験するとよくわかる。肝・胆の部位に邪が鬱滞すると精神的にも暗くおちこんで不機嫌になり「肝気横逆」というしくみのため、たちまち脾胃-消化器がもろに影響をうけて食欲がなくなる。「黙々をして飲食を欲せず」というのは食欲がなくなるだけではなく、気分がふさいでうっとおしい精神状態になることも言及しているわけだ。「心煩」というのも同じく体の置き場がないような煩燥、いらいら、怒りやすくなるなどの情緒不安定をいっている。「喜嘔」はしばしば嘔するということでむかむかしたり、子供の場合はよく吐く。又この條文んはないが舌が白くなり、口内がねばって気持ち悪い。脈は弓の弦のように緊張がつよい脈になり時には少し早くもなる。「往来寒熱」のひとつだが、夕方にはたいてい微熱が37.5℃前後でたりする。條文の後半「或いは胸中煩して嘔せず、或いは…」のように“或いは”でことわって続けられる條文は、時には現れ、時には現れないこともある症状のことである。その中でも「或いは腹中痛み」というのは、どうしてこんな時に腹が痛むのかと不安になっている人に、ますます相応しい、薬方があることがたしかめられ、安心させてあげられる。この腹中傷むも比較的よくあるように思う。

 これ程たっぷりとヒントが与えられたら正解は楽だ。しかもこれらのヒントのすべてがそろわなくてもよく、1つの証があれば小柴胡湯を用いてもよろしいという次の條文まであるのだ。「傷寒中風、柴胡の証あり、ただ一証を見せば便ち是なり。必ずしも悉く具はらず」小柴胡湯は柴胡7g・黄ゴン3g・人参3g・半夏5g・甘草2g・生姜1g、タイソウ3g以上水煎服用(この項つづく)。

(広報誌「清流」第54号(2001.6.30)より)

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