漢方の基礎

カワムラ薬局 河村 昭

〈 第五回 〉

 漢方の基礎についてはいろいろな説明のしかたがあるだろうが、私のようにひたすら陰陽の紹介にこだわるのも一つの方法だと思う。実をいえば遠回りに見えてこれこそ一番の近道ではないかと思っている。例えば「陰陽演習」といったものを自分に課してまず2,3週間或いは2,3年せっせと学習をつむならば、ふと気がつくと自分の中に確固として「漢方の基礎」が出来上がっているのがわかるという具合である。そればかりではない、それぞれの人生観、世界観までいつの間にか変容しているのに気がつくかもしれない…。

 陰陽・陰陽といってもそれは一種の分類法に過ぎないではないかと思われる方もおられるだろう。「何も大さわぎする程のことでもなかろうが!従ってそんなものは、この世界の最も根本的な真理を我々に示してくれる一つの方法、いくつもある手段のうちの一つの手段。つまりそれだけのこと。まさか真理そのものだというつもりではあるまいな?万が一かりに真理が陰陽だとして、そんな簡単なことで摩訶不思議なこの世界の謎が解けると言うのなら、冗談ではない。それではあまりにも事が易しすぎる。」と。

 ところがその通りなのだというわけだ。だから「易」という。易とはまことに手段であって目的でもあるものなのだ。易とは 1.易簡(宇宙の真理は陰陽にあり、至極簡単!) 2.変易(宇宙の森羅万象は一瞬といえども変化しないものはない、行雲流水、往暑来寒、すべてこれ変化代謝でないものはない。) 3.不易(しかし易の法則は一定不変、万古に変わらぬものである。) との3義を含むといわれる。もっともふつう、易といえばうらない、易者を連想され、いわゆる当たるも八卦、当たらぬも八卦といわれる例のたよりない言葉がでてきておしまいということになる。しかし「易」とは本来中国文化の哲学的なバックボーンとされる儒教思想の具体的内容である四書五経の中に見出される。すなわち五経とは易経、尚経、詩経、礼、春秋の五つをいい、そのトップに易経がおかれて尚ばれている。

 「孔子晩にして易を喜び、韋編三絶」という言葉がある。孔子さまも晩年に易経にどっぷり漬かってしまわれたという。竹簡といって文字を刻んだ竹片の上下にうがった穴に革紐を通し、一定の長さに連ねてこれを巻いて一巻二巻と称したのだそうだが孔子さまは易経の革紐が三度ちぎれたといわれる程熱中して読まれたのだということだ。

 岩波文庫に『易経』(上、下)があり、他にも色々解説書がでているがなかなか面白いものもある。かつて微積分学の発見が相前後してドイツとイギリスに於いて起きたのだが、ニュートンといずれが先だったのかが大騒ぎになったという当の競争相手のドイツの科学者・哲学者のライプニッツが非常に深い関心をもって易の研究をしていたといわれている。欧米の易の研究者も多く、易経の英語訳が『Book of changes』つまり「変化の書」だというのも、まことに示唆に富んでいて面白い。

 秦の始皇帝よりさかのぼること800年(BC約1000年)に興って栄えた周の時代に完成されたので易は又周易とも呼ばれている。周易は卜占(ぼくせん)の方向に発展して大きい潮流をなしたが一般の関心をそれ程ひかない医療の方に拡がって実を結んだのが『黄帝内経』ということができる。

(広報誌「清流」第42号(1998.12.15)より)

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